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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)14202号 判決

原告 株式会社 三正

右代表者代表取締役 満井忠男

右訴訟代理人弁護士 海谷利宏

同 木島昇一郎

同 江口正夫

同 小笠原勝也

同 荒井清壽

被告 杉山是知

〈ほか一名〉

右被告両名訴訟代理人弁護士 川名照美

同 荒井新二

被告 渡辺富美江

右訴訟代理人弁護士 松澤與市

同 輿石睦

同 寺村温雄

主文

一  被告杉山是知は、原告に対し、原告から金四億円の支払を受けるのと引換えに、別紙第二物件目録記載の建物を収去して同第三物件目録記載の土地を明け渡せ。

二  被告杉山是知は、原告に対し、昭和五一年一〇月一日から昭和六〇年一二月三一日まで一か月金三万七四〇〇円、昭和六一年一月一日から右土地明け渡しずみまで一か月金四万八〇五二円の各割合による金員を支払え。

三  原告の被告杉山是知に対するその余の請求を棄却する。

四  被告有限会社すぎやま巧芸は、原告に対し、別紙第二物件目録(一)記載の店舗部分及び同(二)記載の建物の二階部分から退去して同第三物件目録記載の土地を明け渡せ。

五  被告渡辺富美江は、原告に対し、別紙第二物件目録(二)記載の建物の一階部分から退去して同第三物件目録記載の土地を明け渡せ。

六  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(平成元年七月二六日付け(同日受付のもの)準備書面による請求拡張(以下、「本件請求拡張」という。)前の請求)

一  請求の趣旨

1  被告杉山是知は、原告に対し、原告から金四億円の支払を受けるのと引換えに、別紙第二物件目録記載の建物を収去して同第一物件目録記載の土地を明け渡せ。

2  被告杉山是知は、原告に対し、昭和五一年一〇月一日から右明渡しずみまで一か月金四万八〇五二円の割合による金員を支払え。

3  被告有限会社すぎやま巧芸は、原告に対し、別紙第二物件目録記載の(一)の店舗部分及び(二)記載の建物の二階部分から退去して同第一物件目録記載の土地を明け渡せ。

4  被告渡辺富美江は、原告に対し、別紙第二物件(二)記載の建物の一階部分から退去して同第一物件目録記載の土地を明け渡せ。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求は棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(本件請求拡張後の請求)

一  請求の趣旨

1  主文第一項、第四ないし第六項と同旨

2  被告杉山是知は、原告に対し、昭和五一年一〇月一日から別紙第三物件目録記載の土地明渡しずみまで一か月金四万八〇五二円の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

(本件請求拡張前の請求)

一  請求原因

1 原告は別紙第一物件目録記載の土地(以下、「本件土地」という。)を所有している。

2 訴外松平頼庸は、かつて本件土地を所有し、被告杉山是知(以下「被告杉山」という。)の父亡杉山要治郎に賃貸していたが、昭和二六年一月右要治郎の死亡に伴い被告杉山が賃借人の地位を承継した。右契約は昭和三一年九月三〇日更新されたが、その内容は次のとおりである(以下、「本件契約」という。)。

(一) 賃貸年月日 昭和三一年九月三〇日

(二) 使用目的 普通建物所有

(三) 賃料 一か月一万三八〇〇円(昭和五一年九月当時三万七四〇〇円)

(四) 賃料支払時期 毎月二八日

(五) 賃貸借期間 二〇年

3 原告は昭和四八年九月三〇日、右訴外松平頼庸から本件土地を相続した松平鶴子、一条好子及び松平頼実の三名から本件土地を買い受け、賃貸人の地位を承継した。

4 被告杉山は、本件土地上に別紙第二物件目録記載の建物(以下、「本件建物」という。)を所有し、同目録(一)(以下、「本件店舗部分」という。)は前面を皮革製品販売店舗として代表者被告杉山である被告有限会社すぎやま巧芸(以下、「被告会社」という。)が使用し、他を被告杉山が現在使用している。

同目録(二)は一階(以下、「本件飲食店部分」という。)を被告渡辺富美江(以下、「被告渡辺」という。)に小料理用店舗として賃貸し、二階を被告会社が皮革製品の製造所に使用している。

5 本件契約は、期間満了により昭和五一年九月三〇日をもって終了した。

6 原告は、右期間満了に先立ち、昭和五一年三月二三日、被告杉山に対し、内容証明郵便をもって本件契約の更新拒絶の意思表示をし、同書面はそのころ被告杉山に到達し、さらに期間満了後も、被告杉山の本件土地使用占有に対して、昭和五一年九月二四日、正当事由に基づき内容証明郵便をもって明け渡しを求めるとともに、期間満了後の使用に遅滞なく異議を述べた。

7 原告の更新拒絶及び異議には次のとおりの正当事由及びその補強条件がある。

(一) 原告の正当事由

(1) 本件土地は都心の一等地たる京橋に存し、いまや近隣周辺は全て高層ビル街と化したにもかかわらず、本件土地周辺のみが古い木造家屋となっており、社会情勢の進展に伴う東京都心部の美化、再開発の必要性に迫られている。

(2) 本件建物はいずれも老朽化しており、経済情勢の変化に伴う効率的土地利用等の見地から土地利用法を変更する必要がある。

(3) 右必要性に基づき、本件土地を含む原告所有土地及び隣接する訴外丸山源一外三名の各所有土地上に原告ビルを建設する(別紙「三正」ビル新築(増築)計画案参照)。

(4) 右ビル建設予定地の地権者は、被告らを除いて、全て明渡しが完了しているか、あるいは協力を約束してもらい、移転先も内定している。

(5) 右ビル建設に本件土地明渡しは不可欠で、もし右明渡しができなければ、右ビル建設は不可能となり、原告は被告杉山の反対のため昭和五一年一〇月以降著しい損害を被りつつある。

(6) 被告杉山は、その父の時代から長年にわたり、本件土地の使用を継続し、被告杉山が賃借人となってからも、既に現在まで三〇年以上経過してその使用目的を十分達している。

(7) 被告すぎやま巧芸の店舗は京橋とはいえ裏通りである八メートル道路に面した間口二間ほどのもので、店頭販売が主ではないので、他に移転してもさほど支障があると認められない。

(8) 被告渡辺は、原告の所有土地(通路ではない。)を事実上通って奥まった一九平方メートルの狭いところで少数の従業員で営業しているので他に移転が比較的容易である。

(9) 被告杉山は原告は自社用ビルを既に所有して本件土地の自己使用の必要性はない旨主張するが、現存の原告ビルは、昭和五四年本件再開発計画が実現した段階で取り壊すことを予定されて暫定的に建築されたものにすぎず、そのため右ビル内の一部賃貸部分と賃貸期間も短く、賃料も極めて低廉なものとせざるを得なかった。これに対し本件土地は商業地域で防火地域の指定を受けており、本件計画土地は建蔽率六〇パーセント、容積率八〇〇パーセントとなっている。

(10) 原告と被告杉山間で折衝が重ねられ、原告は昭和五八年一二月二八日東京簡易裁判所に調停の申立てをし、同調停において被告杉山に対し、第一回の昭和五九年二月二八日から、公正かつ妥当な金銭補償をする旨提案したり、代替物件を紹介するなど誠意を尽くして同被告の希望に沿うべく努力を重ねたが、同被告において客観的に実現不可能に近い条件に固執し、原告が提示した具体的提案を全て門前払いにし、真摯に話し合いに応じないかの態度に終始したため、同年一一月二七日、同調停を不調とせざるを得なかった。

(二) 正当事由の補強条件

原告は被告杉山に対し、借地権消滅に伴う建物収去土地明渡しの補償金として四億円を支払う用意がある。また原告としては裁判所において借地権価格の鑑定を行い、両当事者は右価格に従うこと、そして原告は右価格の範囲内で相当な代替物件を被告に提供することとの裁判所の和解案に応じる旨回答するとともに、金銭給付として七億円の補償案を平成元年九月一二日提示した。

なお原告は明渡しに伴う引換給付金につき四億円に拘泥するものではなく、貴庁が御裁量に基づき右金額を越える給付金の額を相当と決められる場合にはこれに従うものである。

8 被告らは昭和五一年一〇月一日以降本件土地を不法占有しており、被告杉山は昭和五一年一〇月分賃料から、一か月三万七四〇〇円を供託しつづけているが、昭和五一年一〇月当時の本件土地の賃料は、一か月四万八〇五二円を下らないから、原告は被告らの不法占有により、少なくとも一か月四万八〇五二円の賃料相当の損害を被っている。

よって、原告は、被告杉山に対し、本件契約終了に基づき、原告から金四億円の支払を受けるのと引換えに、本件建物を収去して本件土地を明け渡すこと及び本件契約終了の翌日である昭和五一年一〇月一日から右明渡しずみまで一か月金四万八〇五二円の割合による賃料相当損害金の支払を、被告会社に対し、所有権に基づき、本件店舗部分及び二階部分から退去して本件土地を明け渡すことを、ならびに被告渡辺に対し所有権に基づき本件飲食店部分から退去して本件土地を明け渡すことをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否及び被告杉山の主張

(被告ら)

1  請求原因1の事実は認める。

(被告杉山)

2 請求原因2の事実のうち、本件借地の範囲を否認し、その余は認める。本件借地の範囲は、別紙第三物件目録添付図面のとおりである。

3 同3の事実は認める。

4 同4の事実は認める。ただし被告杉山は、本件建物(一)(二)ともに皮革製品の製造・販売及び住居として使用している。

5 同5は争う。

6 同6の事実は認める。

7 同7(一)(1)の事実のうち、本件土地が都心の一等地にあること、近隣周辺がビル化したこと及び本件建物が木造であることは認めるが、都心部の美化、再開発の必要性は否認する。

同7(一)(2)の事実のうち、土地利用方法の変更の必要性があるとする点は否認する。

同7(一)(3)の事実は否認する。

同7(一)(4)の事実は不知。

同7(一)(5)ないし(9)の各事実はいずれも否認する。

同七(一)(10)の事実のうち、原告主張のとおり調停申立てがその日になされたこと調停で原告が被告杉山に代替物件を紹介したことは認めるが、その余は否認する。

(被告会社)

8 請求原因4の事実は認める。

(被告渡辺)

9 請求原因4の事実のうち、被告渡辺が被告杉山から本件建物の一階を賃借し、これを小料理屋として使用している事実は認めるが、その余は不知。

(被告杉山の主張)

10 被告杉山は昭和八年から本件土地で皮革製品の制作、販売を営んできた。本件借地は東京駅から徒歩数分に位置し、地方の顧客が多い被告にとって他に代えがたい。被告の右家業はミシン、皮すき等を使う職人的手仕事で夜なべをし、また家族の手伝いも不可欠で、したがって被告にとっては住居と仕事場が一体となった建物が必要なのであり、被告杉山の子も親の商売を承継するつもりである。原告は被告に本件土地を貸して土地利用権を失っているから、本件土地の利用方法についてあれこれ発言する立場にない。原告は本件底地を低価格で買い取って借地人を安い立ち退き料で追い出すことで莫大な利得を得ようとしているだけであり買収の当初から自己使用の困難さは承知していたものである。任意買収の話し合いで解決すべきで出来なければそれを前提に原告の事業計画を考えれば済む。

11 原告は本件土地を含む土地上に本社ビルを建築することを正当事由とするが、原告は京橋二丁目四番一一及び一二の土地上に一〇階建の自社ビルを所有しており、その必要はない。原告は昭和四八年ころから、右本社ビル建築計画を建てたとするが、現在の本社ビルを昭和五四年八月三一日に新築しているから、右主張は虚偽である。

12 原告は関連会社を新本社ビルに入居させる必要があるとするが、仮に必要としても現在の本社ビル内に右関連会社を置くことは、その床面積からも十分可能である。

13 本件土地の明渡しがなければ廃道手続きができないというが、建築基準法四二条二項道路の廃止は、それに面する地権者の同意があれば可能であるところ、原告は被告に対し、そのような同意を求めたことは一切ない。

14 原告が計画する本社ビル敷地において本件土地は北東隅に位置しているので、本件土地を除外しても、相当規模のビルの建築は可能である。

15 原告の昭和五一年三月二三日の更新拒絶の時には、差し迫った確定的な高層ビルの計画などなく、昭和六二年六月二四日に至って、原告は初めて自社で使用するビルの建築という主張をし、正当事由の内容につき更新拒絶時におけるものを変更したのであって、これは更新拒絶時における事由でない事由をその後、しかも一〇年を過ぎて主張したもので、正当事由ある更新拒絶とは認められず、変更した正当事由の内容についても、全く成立しないものである。

16 原告は、本件土地を地上げで儲けるため取得したもので、底地を時価の三割で買い借地権を五割で買って、残り二割をただどりするのが、原告の業務である。

17 すぎやま巧芸は、皮革高級品の製造・販売等をひろく手がけ、被告の父から被告に受け継がれ、現在被告の長男是清が跡を継ぎつつある。本件土地での営業は、親子三代、六〇年の伝統を有し、長男是清も、工芸伝統の知識と技法、大衆の嗜好と心理を理解するため、建築学を修め、大学院で、環境科学や民俗学を志した。

18 被告のように店を構えて製造・修理をするという業者は珍しく貴重である。

三 被告会社及び被告渡辺の抗弁

1 被告杉山は本件土地につき請求原因2(ただし、本件借地の範囲は否認)及び3記載のとおり賃借権を有する。

2 被告会社は昭和三九年ころ被告杉山から本件店舗部分と本件二階部分を賃料月額一万円で賃借した。

3 被告渡辺は被告杉山から本件飲食店部分を賃借している。

四 抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は認める。ただし被告杉山の賃借権は消滅している。

2 同2の事実は不知。

3 同3の事実は認める。

五 再抗弁

請求原因5ないし7記載のとおり。

六 再抗弁に対する被告会社及び被告渡辺の認否及び主張

(被告会社)

1  請求原因5は争う。

2  同6の事実は認める。

3  同7の事実に対する認否は被告杉山の同7の事実に対する認否の記載のとおり。

4  請求原因に対する被告杉山の主張記載のとおり。

(被告渡辺)

5 請求原因5は不知。

6 同6の事実は認める。

7 同七(一)(1)ないし(7)の各事実は不知。同七(一)(8)の事実のうち、被告渡辺が、「通路でない土地を事実上通っている」及び「他に移転することが比較的容易であるとの事実は否認し、その余は認める。

(被告渡辺の主張)

8 原告の「自己使用の必要性」は、被告らのそれと比較した場合、その必要性が乏しく、かつその他正当理由がなく、更新拒絶の理由がないことは、以下に述べるとおりである。すなわち、

原告の本件土地の地域性に関する主張が仮に全て真実であったとしても、「正当ノ事由」とはなりえない。なぜならば、本件土地所在地がわが国屈指の商業地域であったとしても、ビル建築の必然性はなく、本件主張は、「私企業たる原告の願望」に過ぎないからである。原告の意図あるいは目的は、自社ビル建築にあるのみで、公共的公益的目的は、皆無である。また、本件土地周辺に、高層ビルが連たんしている事実はなく、原告主張は事実に反する。

9 原告の必要性は、純粋に営業利益の追求に限られるのに対し、被告杉山の必要性は営業利益のみではなく、居住利益をも兼ねており、かつ被告杉山の右各必要性は原告のそれより極めて大きい。

さらに、本件では、被告渡辺の本件土地上の建物使用の必要性についても考慮が払われるべきである。すなわち、被告渡辺は、昭和二八年以来、被告杉山から右建物の一部を賃借し、同建物内で飲食店経営をしているが、その生活の維持は、右店舗の利益により行われており、同被告にとって右店舗は、必要欠くべからざるものである。

更新拒絶についての正当事由の有無の判断に、借地上建物の賃借人の事情を斟酌しないのは、借家人の財産権を侵害し、借家法はもとより憲法にも違反する。

10 原告の「土地使用の必要性」は法的保護のための基本的要件に欠けているから、金四億円の支払意図は正当事由の補強条件たりえない。

(本件請求拡張後の請求、本件請求拡張前の請求の趣旨記載のうち、別紙第一物件目録を同第三物件目録と置き換えたもの)

別紙第三物件目録添付図面赤斜線部分から同第一物件目録添付図面赤斜線部分を除いて残った部分を以下、「本件通路部分」という。

本件請求拡張前の請求の記載のうち、同請求の請求原因4記載を除く部分の「別紙第一物件目録記載の土地」及び「本件土地」をいずれも「本件通路部分」と置き換えるほかは同請求の記載のとおり。同請求の請求原因4記載のうち、「本件土地上に」を「本件通路部分を含む別紙第三物件目録記載の土地上に」と置き換えるほかは同請求の請求原因4記載のとおり。

第三証拠《省略》

理由

(本件請求拡張前の請求)

一  請求原因1、同2(ただし本件借地の範囲を除く。)同3及び同6の各事実は原告と各被告との間で争いがなく、同4の事実は原告と被告杉山、原告と被告会社間で争いがなく、同4の事実のうち、被告渡辺が被告杉山から本件建物の一階部分を賃借し、これを小料理屋として使用している事実は、原告と被告渡辺間に争いがない。

二  そこで同7の事実(更新拒絶及び異議の正当事由とその補強条件)につき判断する。

(一)  原告側の本件土地を必要とする事情

《証拠省略》を総合すると、以下の各事実を認めることができる。

1 本件土地を含む東京都中央区京橋二丁目三番、四番街区近隣一帯は、その中心が営団地下鉄銀座線京橋駅から徒歩でも至近距離にあり、JR東京駅から約六〇〇メートル、徒歩約一〇分・有楽町駅からも徒歩約一〇分の距離にあって、「丸の内」「銀座」「日本橋」などに連なる都心の一等地商業地域を形成し、幹線街路の背後に位置する中層事務所ビルの連たんする街区で、近年金融自由化、企業の本社集中などの傾向と増加する都心のビル需要から、地価は高値安定傾向にあり、現在部分的には未だ木造建物等も見受けられるが、画地の統合と相まって中長期的には、より純化された事務所ビルの集中する街区が形成され、今後とも土地の有効利用が進むものと予測される。

そして本件土地も商業地域・防火地域、建蔽率八〇パーセント(防火建築にあっては一〇〇パーセント)、容積率八〇〇パーセントの指定を受けている地域内にあり、高層事務所地として熟成されていくものと考えられる。

これに対し、本件店舗部分は、昭和二一年ころに建築され、木造ルーフィング葺平屋建で、本件飲食店部分は昭和二六年ころ、建築された木造瓦葺き二階建であり、築後四〇年以上あるいは四〇年近くを経過し、経年相応の老朽化が進んでおり、敷地との適応環境との適合を欠くに至っている。原告が本件土地を取得した昭和四七、四八年ころ、東京都中央区も当該地域の平屋、二階建を高層化するとの希望を持っている。

2 原告は、資本金六四〇〇万円で不動産の売買、貸しビル業を営み、年収六〇億円をあげ、昭和四五年ころから、土地再開発事業を手がけ、昭和四七年、訴外若林保全株式会社から京橋二丁目四―八、九、一一、一二を買い取って欲しい旨の話があり、当初は、現在の原告ビルの所在場所と同四―一〇を所有している訴外株式会社自由国民社の隣接地の二か所にビルを建てるか、右自由国民社からその所有地を買い取って、一体としてビルを建てるかのいずれかの方針で計画を立てたところ、本件土地を含む本件計画地を松平頼庸の相続人らから買って欲しい旨の申入れがあり、昭和四八年九月三〇日、京橋二丁目四―五の土地を買い受けて、昭和四九年ころから、本件土地を含めた京橋地区一帯の土地再開発事業に乗り出し、本件土地を含む原告所有土地である東京都中央区京橋四―五、四―八、四―九、四―一一、四―一二上及び訴外丸山源一、同丸山忠典(同四―六)、訴外亜細亜貿易株式会社(同四―七)、株式会社自由国民社(同四―一〇)の各所有土地につき、右地権者らと話し合い、買取その他の方法で右各土地を明け渡してもらい、一体として本社ビルを建築する計画を立て、計画概要書も作成され、昭和五四年ころには本店所在地も右地区に移転した。

被告杉山及び被告会社を除いた原告所有地上の借地人は、訴外林孝子、同高橋勇、同嘉藤孝一、丸山松治及び同早川伊之輔であったが、林は昭和五三年一二月、高橋は昭和五五年一二月、嘉藤は昭和五七年五月、丸山は昭和五九年一〇月いずれもそれぞれ明渡しの合意が成立し、早川については昭和六一年四月二八日、裁判上の和解が成立し、いずれも既に明渡しずみである。また土地所有者であった前記丸山源一及び丸山忠典は、昭和五九年一〇月一二日、同亜細亜貿易株式会社は昭和六一年八月二三日、同株式会社自由国民社は昭和六三年二月一七日いずれもそれぞれ原告に対し、所有権移転登記を完了し、いずれも明渡しを終了している。

3 原告は関連会社である南北事業、ビルの清掃管理の日本クリーンサービス、金融業務のジャパンインベストメントサービス、長崎市その他でホテル事業を営む各法人と企業グループを形成し、グループ全体の従業員数は六〇名以上で事業推進室によって海外にも進出している。そして右関連会社中、日本骨材などは営業所は神田、倉庫は神田周辺の外八重洲など二か所に分散し、現在の事務所も手狭で接客にも支障を来たし、またジャパンインベストメントサービスはアメリカの証券会社、金融会社と提携して債券の売買、為替業務を展開するため、ディーリングルームを備え海外事業を推進していくためコンピューターを導入する必要も生じ、設置場所を増床しなければならず、九州の長崎福岡等にホテル事業を展開していくうえに、管理中枢機能を持つ本社が必要となるなど管理集中化機能を高め、経費節約化をはかるなどの必要性が高まっている。これらの面積を合計すると、新本社ビルを建築し、事務所スペースを拡充する必要があり、そのための建築資金回収のため一定面積を他社に賃貸する必要もある。

現在、原告が本社ビルとして使用している建物は、建築当時事務所として使用する必要性が高まったところ、昭和五四年、本件再開発計画が実現した段階で取り壊すことを予め予定したうえで、暫定的に建設したもので、一部賃貸部分も、入居の際、原告が将来ビルの敷地上及び原告所有の隣接地に、ビルを解体し新ビルを建築するときは契約を解除でき、移転料、立ち退き料を要求しない旨特約を結んで、賃料を低額に抑えざるを得ない状況にあり、その本社ビルも一、二、六及び七の各階を空室のままにしている。

4 また本件土地のうち、本件飲食店部分の敷地部分は東京都中央区により道路位置指定を受けた道路に面しており、右道路は、本件計画地のほぼ中央を縦断して公道に至っているため、本件計画地上において、新しいビルを建築するためには建築基準法上右道路の廃道手続きを了しなければならず、そのためにも本件土地の明渡しが必要である。

右認定に対し、被告は、原告の昭和五一年三月二三日の更新拒絶の時には、差し迫った確定的な高層ビルの計画などはなく、昭和六二年六月二四日に至って、原告は初めて自社で使用するビルの建築という主張をし、正当事由の内容につき更新拒絶時におけるものを変更したものであって、これは更新拒絶時における事由でない事由をその後、しかも一〇年を過ぎて主張したもので、正当事由ある更新拒絶とは認められず、変更した正当事由の内容についても、全く成立しないものである旨主張する。

昭和五一年三月二三日の本件更新拒絶の時点で、原告が昭和四七、八年に取得した本件土地を含む買収地には被告杉山以外にも他に借地人が六名おり、甲第一九号証により右借地人との間の借地の返還の合意については、一番早いので昭和五三年、被告杉山を除く借地人すべてにつきできたのが、昭和五九年であることが認められること、乙第一八号証により原告が昭和五四年に一一階建の現本社ビルを建築していることが認められることから、直ちに本件更新拒絶時に高層ビルの計画など具体的に立案することが不可能とはいえず、被告は乙第一号証で本件更新拒絶の理由として原告が「高層ビル建設の必要性に迫られており、今般これを実施することに決定した」旨をあげ、必ずしも本社ビル建設とはいっていないことを捉えて、本社ビルの計画などなかったとするが、これもこのことから直ちに右認定を左右するものではなく、廃道手続きには、地権者被告杉山の同意があれば可能であるのに、原告は被告杉山にそのような同意を求めたことはないといい、同意を求めれば同意するかのようにいうが、被告杉山の態度からみてそのような同意は期待しがたいのであり、証人杉山是清の供述中、前記1ないし4の認定に反する部分は前掲各証拠に照らし、信用することができず、他に前記1ないし4の各認定を動かすに足りる証拠はない。

賃貸人が、借地契約の期間満了後、賃借人の当該土地使用継続に異議を述べた場合、借地法六条一項所定の正当事由の有無を判断する基準時は、右異議時であるが、たとえ右基準時後の事情であっても、右基準時当時未だ予想ないし計画の段階にあった事情がその後具体化された場合、これを斟酌して正当事由の有無を判断することができるものであり、仮に本件更新拒絶時に単なる高層ビル建設計画であったものが、昭和六二年六月二四日の原告本人尋問で初めて自社の使用するビルの建築との主張をしたものであるとしても、前記のとおり、原告は本件更新拒絶の理由として「高層ビル建設計画」としていたことから、本件更新拒絶及び異議の時に本社ビルの建築も予想することができないでもないから、このことを斟酌して正当事由の有無を判断することができるというべきである。

(二)  被告杉山側の本件土地を必要とする事情

《証拠省略》を総合すると、後記の各事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

1 被告の先代杉山要治郎は昭和七年ころ、本件借地のあった土地上の建物を借りて、カバン、ハンドバッグ等の皮革製造業を個人で営んでいたが、本件土地を昭和二一年に当時の地主松平頼康から借地し、昭和二二年ころ、道路に面して、第二物件目録(一)記載の木造平屋建建物を建築して後昭和二六年一月三日死亡し、右借地権を被告杉山が相続し、その後昭和二六、七年ころ、右平屋建物の裏側に第二物権目録(二)記載の木造二階建建物を建築し、両建物を使用して父要治郎の皮革製造業を受け継ぎ、昭和三九年からは被告杉山及びその妻外一名を役員、出資金一〇〇万円とする有限会社である被告会社を設立して、右両建物を、被告会社の店舗、作業所及び自宅として使用し、昭和四二年ころから、右二階建建物の一階部分を被告渡辺に、賃貸して、使用している(賃料は月一〇万一二〇〇円である。)。

2 本件土地周辺は、銀座・日本橋の高級品店に囲まれ、日本でも有数の洗練されたデザインが見受けられ、営業面、客層いずれの店でも日本の中心であり、購買力ばかりかセンスにあふれ、被告会社の高級品位と耐久力を基本としたデザイン力の基盤であり、京橋は被告会社にとり存立基盤そのものであり、この界隈を離れては考えられない。被告会社はその技術力もさることながら、京橋に店舗を構えているということが、顧客や百貨店の信頼を受ける基となっており、百貨店の近辺に位置していることも、一層便利で京橋筋のビジネスマンやOLの客層を引きつけ、被告会社そして被告杉山の皮革製造業の経営は、本件土地を含む京橋界隈と密接に結びついて成り立っている。京橋界隈は、江戸時代から桶町や鍛冶町などと呼ばれ、大問屋街日本橋と商店街銀座にはさまれ、職人町、問屋町として栄え、現在でも金物制作販売の西勘、秤製造販売の守隨、和紙問屋の山田商会、靴製造販売のサイトウシューズなどの老舗が何軒も残っており、この歴史的に育まれた京橋の職人生産の伝統に根ざして生産した製品を積極的に販売するという消費者と直接結びついた独自のものが、被告杉山による被告会社の経営形態である。

3 被告杉山の息子杉山是清は、小学校一年生のころから、父被告杉山の仕事場で、被告会社が盛んなころは四名にのぼり、当時は二名いた住み込みの職人に遊んでもらいながら、糊付け、裁断、ミシン掛け等の具体的作業から、手順を覚え、中学、高校と父被告杉山から皮革製造の技術を教えられて育ち、昭和五〇年四月武蔵野美術大学建築学科に入学し、建築学を中心に広くデザインを学ぶかたわら、家業のハンドバッグ製造を含む職人などの日本の伝統技術を学ぶため、民俗学者宮本常一に師事して、民俗学・考古学の調査・研究を進め、昭和五四年四月同大学卒業後、同年四月筑波大学環境科学研究科修士課程に進学し、文化生態学研究室に所属し、昭和五六年三月同課程を修了し、その後一年間研究生をした後、被告会社を手伝っている。民俗学では自己のよって立つ場の調査から始めて視野を広げていくことが、必要とされ、右是清にとっては家業ハンドバッグ製造を中心とした職人の生活こそ自己のよって立つ場であり、家業の高級皮革の製造販売は、生活の資であるとともに、民俗学を探る窓口であって両者は不可分で矛盾なく両立し、後記のとおり、収入は世間並みの給料から比べればはるかに少ない小遣い程度のものしかないにもかかわらず、家業のハンドバッグ製造業を受け継ぐ意思は固い。

4 被告会社の皮革製造業は、右要治郎が創業したときから数えれば八〇年、本件土地での業歴は六〇年、京橋のすぎやま巧芸として名前が知れ渡り、高い技術力を評価され、丸善・和光・三越などにも製品を納入し、製造小売、注文生産、修理を中心として手仕事が見直され、得意先としてはいわゆる仲間筋といわれる以前被告会社で技術を習得して独立した四名との間で、各人が注文を受けると、互いに各々に割り当てて製造する共同事業体の形で仕事を融通しあって取引しているのがあり、次に問屋筋があるが、一般顧客も昭和五〇年ころから増加し、外国人客も珍しくなく、修理では、百貨店で手にあまるものが、その紹介で被告会社に持ち込まれるものあるものの、戦前戦後当時の駐留軍関係者などの外国人顧客から日本の手作り袋物として注目され、注文も多かった時期と異なり、現在では外国の有名ブランド志向の高まりとともに、商売も揮わなくなり、前記のとおり一般顧客の数は増加しているとはいえ、現在一日の来店客数は少なく、また以前はあった百貨店からの注文も現在は減少し、問屋筋、仲間筋の取引も先細りで、注文生産が月五本、小売が月わずか一五、六本で、したがって売上も月に一〇〇万円にとどく程度で、一年の売上から被告杉山ら被告会社の役員報酬(被告杉山及びその妻の各給料は月七万円程度である。)、下職の手間賃、被告杉山の小遣い(一〇万円程度、被告会社の調査費の名目で支出されている。)、材料代など諸経費を差し引けば、月の営業利益は一〇万円くらいで、年にすると利益は残らず、被告会社は有限会社としての税金を納めていない状況にある。そこで被告杉山は、一般顧客を募るため、朝日新聞の広告欄に昭和五九年ころから月一回広告を出し、その結果東北六県、静岡県から反響があり、都内及びその周辺のほか、秋田、山形など数県に各数名、四国、九州にも各一、二名の固定客の注文により製造販売しており、一般顧客の客層も、高級皮革品が主であるため比較的裕福な中年以上の婦人が中心であり、本件土地において店舗を構えて不特定多数の一般顧客に対する小売によって経営が維持される状態にはない。

以上認定したところからすれば、原告側の本件土地のより高度な利用を図りたいとの事情は、その地域性からしても社会経済上の利益に合致するものというべきで、原告の本社ビルを必要とする点も明らかであるが、他方被告杉山及び被告会社は本件土地において六〇年の長きにわたって家業皮革製造販売業を営んできたものであり、京橋界隈は被告杉山及び被告会社にとって精神的には存立基盤そのものといっても過言ではなく、被告杉山にとり本件建物を収去して本件土地を原告に明け渡すことは、生活の糧を失うことになり、本件土地に見合う土地を被告杉山の自己資金で購入することができるかは疑問であり、明渡し即家業の廃絶となることが認められ、これらの事情にかんがみると本件契約の更新拒絶は、立ち退き料提供などの経済的条件を加えることによってその正当事由を具備するものと認めるのが相当である。

まず、本件借地権価格がどうなるか検討するに、これにつき原告は鑑定書を数通提出しているが、その最新のものは甲第三七号証であり、これに対し被告杉山は乙第五六号証を提出している。両鑑定が根本的に異なる結果となったのは原告と被告杉山の賃貸借の範囲について、甲第三七号証が第一物件目録添付図面記載のとおり、本件通路部分により分断された二つの土地としたのに対し、乙第五六号証は第三物件目録添付図面記載のとおり本件通路部分で分断されない一つの土地としたことにあることは、両号証自体により明らかである。

そこで原告と被告杉山の賃貸借の範囲について検討する。(なお原告は平成元年七月二六日付け(同月一九日受付のもの)準備書面第二の二記載のとおり、本件土地が二個の借地部分よりなるとの主張を撤回し、本件土地の範囲を同書面添付図面のとおり訂正すると述べた後、第三三回口頭弁論期日において、右主張の訂正をさらに撤回し、従前のとおり、本件借地が二個の部分よりなるとの主張を維持する旨述べているが、本件請求拡張前の請求において原告は本件通路部分の明渡しを求めておらず、したがって訴訟物にもなっていないから、右の原告の主張の変更については自白の撤回は問題とならない。)

《証拠省略》を総合すると、東京都が昭和初期に作成した震災復興図で、本件土地は⑤と⑫の二つの土地に別れていて、同図面の⑤の部分に一〇・七〇、⑫の部分に一五・一七と記載され、合計すると二五・八七となり、甲第二号証(土地賃貸借契約書)に記載されている本件契約上の借地面積二五・八七坪と一致することが認められ、前記認定のとおり、第二物件目録(一)記載の平屋建建物は昭和二二年、同目録(二)記載の二階建建物は昭和二六、七年と、別の時期に建築されているものであることにさらに《証拠省略》により昭和二六、七年に同目録(二)記載の建物を建築する際、本件通路部分にベランダが突き出すことにつき、被告杉山が当時の地主に了解を求めたことが認められることを併せ考えると、被告杉山の借地は本件通路部分により分けられる二つの土地であり、したがって本件通路部分は賃貸借の範囲には入ってはいないと認めることができる。

乙第五六号証は、本件土地が本件通路部分により二つに分けられることを無視し、一体のものとして鑑定を行っていることから、これを採用することができず、甲第三七号証については特に鑑定手法上の問題もなく、これを採用することとする。

甲第三七号証によると、第二物件目録(一)記載の平屋建居宅とその敷地部分の評価額三億五〇〇〇万円、同目録(二)記載の二階建店舗とその敷地部分の評価額三億三九〇〇万円、合計六億八九〇〇万円と認めるのが相当である。

さらに前記認定のとおり、被告杉山は、被告会社の売上として年一二〇〇万円、役員報酬として被告杉山とその妻各月七万円、息子是清小遣い月一〇万円、それに被告杉山は被告渡辺から家賃収入月一〇万一二〇〇円を得ていることも考慮されなければならないと同時に、他方、《証拠省略》によると、原告が被告杉山に対し、本件土地の明渡しを求める関係上、被告杉山は、坪当たり昭和五〇年から昭和六一年まで一四四六円、昭和六二年から二一六九円という安い地代の供託により、本件土地を利用できた事実も無視することはできないこと、被告杉山の移転費用など一切の事情を総合考慮すると、原告が被告杉山に対し、金四億円を正当事由の補強条件として提供することによって、原告が被告杉山に対し、本件土地の明渡しを求める正当事由は具備されるものと認めるのが相当である。なお原告が被告杉山に対して金四億円の提供を申し立てたのは本件契約期間満了からほぼ一三年経過した時点であるが、原告が、右期間満了に先立つ昭和五一年三月二三日、被告杉山に対し、本件契約の更新拒絶をなして以後現在に至るまで、本件土地の明渡しを求めていることは、本件記録上明らかであり、これに加えて立ち退き料の提供を原告が申し立てることも予想できないものではなく、ほぼ一三年経過した時点での金員の提供といえども本訴訟の経過に照らし、遅滞なくされたものと認められるからこれを正当事由の判断に斟酌することに妨げはないものと解するのが相当である。

してみると被告杉山は原告に対し、原告から金四億円の支払を受けるのと引換えに、本件建物を収去して本件土地を明け渡す義務があるといわざるをえない。

次に、原告の被告杉山に対する賃料相当損害金の請求について検討するに、前述してきたところによると、原告が被告杉山に対し、平成元年七月二六日に同日付け準備書面を陳述して、明渡しに伴う引換え給付金四億円を提供することにより正当事由が補強されたので、被告杉山が原告に対し、昭和五一年一〇月一日から本件土地の明渡しずみに至るまで賃料相当損害金の支払い義務を負っていることは明らかである。

そこで賃料相当額につき検討するに《証拠省略》によると、本件土地を含む東京都京橋二丁目四番地五号の土地の昭和五一年度固定資産税額は一〇八万五五四二円、都市計画税額二八万五八六二円、合計一三七万一四〇四円で右土地の面積六一〇・一八平方メートル、本件土地の面積八五・五二平方メートルの比率で本件土地の公租公課相当額を計算すると一九万二二〇九円となり、昭和五一年一〇月一日時点では原告の請求する一か月四万八〇五二円、年五七万六六二四円は本件土地の公租公課相当額を上回っており、一か月四万八〇五二円が賃料相当損害金額として相当であると認めるに足りる証拠もないが、《証拠省略》によると、前記京橋二丁目四番地五号の土地の昭和六一年度の固定資産税額は三〇七万九八〇五円、都市計画税額は八五万〇五四二円、合計三九三万〇三四七円で、前同様、本件土地の公租公課相当額を計算すると、五五万〇八五九円となり、一か月四万八〇五二円、年五七万六六二四円では本件土地の公租公課相当額をわずか上回るに過ぎないことになり、他方従前賃料一か月三万七四〇〇円、年四四万八八〇〇円では公租公課相当額をさえ下回ることになるから、一か月四万八〇五二円は賃料相当損害金額と認めるのが相当である。

したがって被告杉山は原告に対し、昭和五一年一〇月一日から昭和六〇年一二月三一日までは一か月三万七四〇〇円、昭和六一年一月一日から本件土地の明渡しずみまで一か月四万八〇五二円の各割合による賃料相当損害金の支払義務があると認めるのが相当である。

三  被告会社及び被告渡辺に対する本件請求拡張前の請求について

1  本件店舗部分を被告会社が使用していることは原告と被告会社間で争いがなく、本件飲食店部分を被告渡辺が使用していることは原告と被告渡辺間に争いがなく、被告会社と被告渡辺は、それぞれの建物部分の直下敷地に当たる本件土地の一部を占有していることになる。

2  被告会社と被告渡辺は抗弁として、右被告らの本件建物の一部の占有使用は被告杉山との本件建物の借家契約に基づくものである旨主張するが、被告杉山と原告間の本件契約は期間満了により終了したことは前認定のとおりであって、他に被告会社及び被告渡辺から本件土地一部の占有正権原の主張はない。

したがって原告に対し、被告杉山は本件店舗部分及び別紙第二物件目録(二)記載建物の二階部分から退去して本件土地を明け渡す義務があり、被告渡辺は本件飲食店部分から退去して本件土地を明け渡す義務があるというべきである。

(本件請求拡張後の請求)

四 原告は本件請求拡張により本件通路部分の明渡しも求めたが、第三三回口頭弁論期日において平成元年七月二六日付け(同日受付のもの)準備書面の主張を全部撤回し、明渡しを求める土地を右書面による変更前の範囲に減縮し、本件通路部分の明渡しを求めないとしたが、被告杉山、被告会社及び被告渡辺は右減縮に同意しないので、本件通路部分の明渡しを求めることを前提とする本件請求拡張後の請求について判断する。

本件通路部分が原告と被告杉山の本件契約に基づく賃貸借の範囲に入るかどうかについては当初、原告は入らないとし、被告杉山らは入るとしていたが、原告は平成元年七月二六日付け(同月一九日受付のもの)準備書面で本件通路部分も賃貸借の範囲に入ると述べて自白が成立し、その後第三三回口頭弁論期日において、これを撤回したものであるが、右自白については錯誤も問題とならないから、これを撤回することは許されない。

そして右賃貸借の期間満了後の使用継続に対する異議に正当事由があるかどうかについては、本件請求拡張前の請求二記載のとおり、立ち退き料提供などの経済的条件を加えることによってその正当事由を具備するものと認めるのが相当である。

原告と被告杉山の賃貸借の範囲については、右範囲に本件通路部分が含まれることにつき自白が成立しており、本件借地価格を考えるに原告の提出した鑑定書はいずれも右賃貸借の範囲に本件通路部分が含まれないことを前提としているから、採用できず、被告杉山が提出した乙第五六号証は併合利益の斟酌に当たりその消極面を考慮にいれていないなど種々の問題が指摘されているものの、著しく不合理でおよそ採用できないとするまでのものではないから、乙第五六号証を採用することとする。

本件借地権価格は、乙第五六号証によると、一六億一一二四万円と認めるのが相当である。

このように本件通路部分を賃貸借の範囲に含まない場合と比べると、なるほど借地権価格は異なるが、右価格は原告側、被告杉山側双方の事情を比較し斟酌する場合の諸般の事情の一つであって、必ず賃借人が立ち退き料として借地権価格の一定割合を取得すべき理由はなく、本件請求拡張前の請求で説示したとおりの原告側及び被告杉山側それぞれの本件土地を必要とする事情を比較して、本件に顕れた一切の事情を斟酌して、原告が被告杉山に対し、金四億円を正当事由の補強条件として提供していることを考えると、なお右金員の提供により、原告が被告杉山に対し、本件通路部分の明渡しを求める請求においても正当事由は具備されるものと認めるのが相当である。

五 前記認定のとおり、被告杉山は原告に対し、昭和五一年一〇月一日から昭和六〇年一二月三一日までは一か月三万七四〇〇円、昭和六一年一月一日から本件土地の明渡しずみまで一か月四万八〇五二円の各割合による賃料相当損害金の支払義務があるから、本件土地に本件通路部分を加えた別紙第三物件目録記載の土地全体につき、右同様な賃料相当損害金の支払義務を負っているといわなければならない。

六 (被告会社及び被告渡辺に対する本件請求拡張後の請求)

本件通路部分を被告会社及び被告渡辺がそれぞれ占有していることならびに右部分を被告杉山が原告から賃借していることは原告と被告会社間、原告と被告渡辺間それぞれで自白が成立し、原告も右自白を錯誤として撤回しえない。そして右被告杉山の原告に対する本件契約に基づく賃借権が期間満了により終了したことは前認定のとおりであって、他に被告会社及び被告渡辺から本件通路部分の占有正権原の主張はない。

七 (本件請求拡張前後の全請求について)

以上説示したところをまとめると、被告杉山は、原告に対し、原告から四億円の支払を受けるのと引換えに、別紙第二物件目録記載の建物を収去して同第三物件目録記載の土地を明け渡すとともに、昭和五一年一〇月一日から昭和六〇年一二月三一日までは一か月三万七四〇〇円、昭和六一年一月一日から右土地明渡しずみまで一か月四万八〇五二円の賃料相当損害金を支払う義務があり、被告会社は、原告に対し、本件店舗部分及び同第二物件目録(二)記載の建物二階部分から退去して同第三物件目録記載の土地の明渡し義務があり、被告渡辺は、原告に対し、別紙第二物件目録(二)記載の建物一階部分から退去して同第三物件目録記載の土地を明渡す義務がある。

八 (結論)

したがって、原告の被告杉山に対する請求は、原告から四億円の支払を受けるのと引換えに、別紙第二物件目録記載の建物を収去して同第三物件目録記載の土地を明渡し、昭和五一年一〇月一日から昭和六〇年一二月三一日まで一か月三万七四〇〇円、昭和六一年一月一日から右土地明渡しずみまで一か月四万八〇五二円の各割合による賃料損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれらを認容し、その余は失当であるのでこれを棄却し、原告の被告会社及び被告渡辺に対する本件請求拡張前後の全請求はいずれも理由があるのでこれらを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条にそれぞれ従い、本件の場合仮執行は相当でないから、この点の申立てを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永留克記)

〈以下省略〉

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